老人は死が怖くないのか

「死が怖くない」などと高を括っていた人が、いざ死に直面するとまったく逆の反応を示すことを、こちらで詳しく説明しました。

死より怖いものはない。死は怖くないと思わせる心がある。死の恐怖は人間の優れた能力。

同じことは老人にもいえます。「死は怖くない」と自信たっぷりに言う老人は多くいます。
国の統計によれば、年を取るほど「死は怖くない」と思う人が増えるようです。人生経験が豊富で、統計上は若者よりも死ぬ確率が高い老人がそのように言うのを聞いて、死は怖いものではないと思うようになった人も多いでしょう。果してどうでしょうか。
中岡俊哉は次のような話もしています。
「お年寄りの中に、もう充分長生きしたから早く楽になりたい、とか、こんな身体で生きていてもしかたがないから死んでしまいたい、という人がいる。
ところが、いざ動けなくなると、”先生、助かるんでしょうか、助かるんでしょうか”と哀願するようにいう。生命を絶ってほしいなどという人はまずいないという。やはり、人間というのは、いざ死に直面すると、生への執着は絶対に捨てきれないようだ」
そして、「いつ死んでもいいというのは健康な人のたわごと」だと言い、川口義人医師のインタビューを紹介しています。
「川口氏の見てきたかぎりにおいて、自分はいつ死んでもいい、というのは嘘だという。いつ死んでもいいというのは、健康なときにいう言葉。ところが、ちょっとでも具合が悪くなると、あと10年は生きたいとか、5年でいいから生かしてほしいという。あなたはやるべきことをすべてやり、隠居しているのだから、もういいじゃないですか、と冗談めかしていうと、私にはまだやり残したことがある、などというらしい。やはりみんな死が怖いのだ」(中岡)
こんな話もあります。
毎日、寺へやってきては「生きるのが苦しくて死にたい」と阿弥陀像に訴えていた婆さんがいました。
ある時、それを見ていた寺の小僧がいたずらしようと思い、像の後ろに隠れて待っていました。いつも通り、婆さんがやってきて苦しみを訴えると、小僧はわざと声を荒げて言いました。「そんなに死にたいなら今晩迎えにいくぞ!」
婆さんは驚き、「ひえー、ここの阿弥陀さん、冗談も言えんわ」と言って逃げ出したといいます。
「うそくらべ 死にたがる婆 止める嫁」という句があります。
「いつも気遣ってくれてすまないね。迷惑ばかりかけているから早く死にたい」などと言う姑に対して、嫁は「そんなことありません。お義母さんがいなくなったら寂しくなります」などと言います。一見すると互いを思いやる仲の良い嫁と姑ですが、内心では「早く死んでくれんかな」などとまったく逆のことを思っているという人間の本性を表現した句です。
「死にたがる姑も、それを止める嫁も、あんなのは全部嘘やで」(河合隼雄/元文化庁長官)

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