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進化論は「悟り」へ向かう。ダーウィンから望月進化論へ。

「〇〇進化論」なるものは数多くあります。「悟り」の研究も昨今では増えてきました。特に注目したいのが、城西国際大学教授の望月清文による研究です。少し詳しく紹介しましょう。〇進化論の間違いダーウィンの説く漸次的な進化(単純な生命体から少しずつ変化すること)では説明できない現象があると指摘します。たとえば5万年前頃の文化的爆発については次のように言います。「人類が猿人から進化し、石器を作り始めるのが20 […]

【自利利他】人を幸せにする幸せ。その限界と本当の価値

人を幸せにする幸せ これも研究に次ぐ研究が示すように、孤独感を始め様々な苦悩を、愛を与えること、人を幸せにすることで減らすことができます。カナダの生理学者、ハンス・セリエは、人を幸せにすることでストレスを減らし幸福感が多くなると言いました。ちなみに、ストレスという言葉は、1936年にセリエがストレス学説を発表して以来、広く使われるようになったといわれています。スタンフォード大学心理学教授のルイス・ […]

「自分」とは何か?人生は自分を知るためにある。自分を客観視する方法とは?本当のマインドフルネスとは?

私以外私じゃないの(ゲスの極み乙女。) 自分を知る重要性 自分を知る重要性は古くから多方面で教えられています。哲学者のモンテーニュは「世界でもっとも偉大なことは、己自身を知ることである」と言いました。「朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足の生き物は何か?」これはギリシャ神話に出てくる有名なスフィンクスのなぞなぞで、答えられなければ食い殺されるとされています。答えは「人間」ですが、これは遠まわ […]

オルソップに学ぶ死の恐怖と人間の本性

死の恐怖を感じただけでなく、その恐怖が続かない心理も描写している事例を1つ紹介します。〇本の内容アメリカの政治コラムニスト、スチュアート・オルソップは、1971年に急性骨髄性白血病(AML)と診断され、その体験を著書「最後のコラム」に綴っています。AMLは発病後1年ほどで死に至るとされており、死を間近に感じた人間がどういう心理になるか詳細に描写しています。・処刑の一時停止本の原題は「Stay of […]

人間は「自分だけは絶対に死なない」と思っている

死は信じられない 「死が怖い」と悩んでいた人に対して、「死なんて有り得ない心配せずに、もっと楽しいことを考えよう」とアドバイスしていた人がいました。古代インドの叙事詩マハーバーラタには、ヤクシャという精霊が賢人ユディシュティラに「最大の脅威は何か」と尋ねる場面があります。いわく、「日々無数の人々が死んでいるのに、私たちはまるで不死であるかのように生きていること」人間は、自分の死は信じられません。 […]

なぜ仏教は暗い話ばかりするのか

「仏教は暗いことばかりいうから嫌だ」とか「仏教を聞くと夢も希望もなくなる」と言う人がいます。このように、仏教に対してネガティブなイメージを持っている人は多いです。確かに、仏教では暗いことばかりいいます。死は、その最たるもので、誰が聞いても暗い話でしょう。しかし、これまでも説明したように、これには次のような理由があります。 現実が暗い 仏教が暗いのではなく、現実が暗いのです。仏教は、悲観主義でも楽観 […]

「死後が地獄なら、良い臨死体験があるのはなぜか」への反論

たとえば、いわゆる天国のような良い臨死体験をしたという人が多くいます。良い臨死体験をした人は、死後を良い世界だと思うようになり、そのため死後や死に対する恐怖もなくなったという流れになっています。一方、当会は仏説の通り「死後は必ず地獄」を主張しています。 地獄は本当にあるのか?苦しみはどれくらいか?誰が堕ちるのか? この良い臨死体験について、次の2点が考えられるのではないかと思います。 実際の死と違 […]

死に際の言葉を集めた研究。地獄を見たという事例

死に際の言葉 臨死体験研究を紹介しましたが、臨終に起こる不思議な現象についても近年研究されています。言語学者のリサ・スマートは、無神論者で合理主義者だった父親が死の間際に「天使を見た」「自分は3日後に死ぬ」などと言ったことをきっかけに(実際に3日後に死んだ)、死の間際の言葉に興味を持つようになったという人です。1500件以上の「最期の言葉」を分析し、死の間際にいる人が発するナンセンスな言葉(五感で […]

悪い臨死体験(いわゆる地獄)の事例

こちらの記事で臨死体験研究について紹介しました。 【最新版】臨死体験研究 悪い臨死体験の事例もあるのでいくつか紹介します。・昔の日本日本霊異記は、日本の仏教説話集としては最も早く、正式名称は日本国現報善悪霊異記といい因果応報の事実を示しているとされています。その中には、行基と智光の次の有名な話があります。奈良時代の三論宗の学僧、智光は行基と競い合っており、行基が大僧正に任ぜられると嫉妬心を起こし行 […]

楽しみがあるのは不幸なこと。善悪がある世界は苦しみの世界。幸せは浸るためではなく自己を知るためにある

「楽しみ」と「苦しみ」の区別、つまり善と悪の区別がある世界に真の安らぎはありません。幸せや楽しみがあるというのは、そもそも不幸なことなのです。 善悪の区別がない世界がある 善悪の区別のない世界は実在し、仏教では悟りといいます。 「悟り」とは何か?本当に可能なのか?どうしたら開けるのか?どれほど難しいのか? 悟りだとイマイチわかりにくいので、私は死の解決と言っています。 幸せは死の解決のための手段 […]