人間は死が大嫌い

死は人間にとって非常に嫌なものです。いかに人間が死を嫌悪しているか、生活の様々な場面で見ることができます。
たとえば4号室がなかったり、刺身や沢庵を4切れで出さなかったりします。「4という数字は死を連想する」という理由です。そうかと思えば、4番バッターにはなりたがります。「刺身や肉は死体だから縁起が悪い」とも言いません。縁起が悪いというデメリットよりメリットのほうが上回っているのでしょう。
他にも「椿の花は首からボトッと落ちるから縁起が悪い」とか「霊柩車を見たら引き返す」等々、人間は死を忌み嫌っている例はゴマンとあります。
死亡率10%の治療法よりも、生存率90%の治療法が選ばれます(心理学でいうフレーミング効果)。どちらも同じことなのですが、死が嫌なものであるため、「物は言いよう」ということが成り立ちます。
ある結婚式での話です。
この日はたまたま、式場の近くで「死の臨床研究会」という学会も開かれていました。結婚式の関係者は、「死の臨床研究会」と書かれた看板が立っているのを見て顔をしかめました。「めでたい結婚式に縁起が悪い」と思ったのです。最終的に、彼らはこの看板を撤去させたといいます。
嫌なものですが自然の必然という意味で、死はトイレにたとえることもできます。
「短絡的な人には怒られるかもしれないけれど、ウンコを出すということ、死ぬということ、いずれも自然の必然という点では一緒です。が、それを見ないように見ないようにしてきた。できるだけ視界から遠ざけてきたのです」(養老孟司)
しかし、トイレは頻繁にあり我慢すれば苦しいですが、死はそうではありません。そういったこともあり、トイレと違って考えにくくなっています。

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