諸行無常
仏教には諸行無常という言葉があります。一切のもの(諸行)は続かない(無常)という意味です。
鴨長明の方丈記の冒頭には次のようにあります。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」
哲学には「同じ川は2度入れない」という言葉もあります。
物理学でも関連する法則に、熱力学第2法則(いわゆるエントロピー増大の法則)があります。自然のままにほったらかしにすると、秩序ある状態から無秩序の状態へ変化するという法則です。他の物理法則同様、なぜこの法則が成り立つのかはわかっていません。
無常の幸福
人間にとって何より重要なのは、幸せが無常であるということです。今日あっても明日どうなるかわからない幸せなのです。
平家物語の冒頭には次の有名な一文があります。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もついには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ」
また、「盛者必衰」「栄枯盛衰」といった言葉は、諸行無常の代名詞のように使われる言葉ですが、どんなに成功していて幸せな人であっても必ず衰退するという意味です。
織田信長が特に好んだという幸若舞「敦盛」の次の節も有名です。
「思へば、此世は常の住処にあらず。草葉に置く白露、水に宿る月より猶あやし。金谷に花を詠じ、栄花は先立て、無常の風に誘はるる。南楼の月をもてあそぶ輩も、月に先立つて、有為の雲に隠れり。人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を受け、滅せぬ物のあるべきか。これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」
幸せが無常であることは歴史にも明らかです。
「古い新聞は、無常というものを教えてくれる、一流の学校である」(ロベルト・ムージル/小説家)
「幸福には翼がある。つないでおくことは難しい」(フリードリヒ・フォン・シラー/歴史学者)
「盛者必滅、有為転変は実に古今を通じた生物界の規則であって、これにもれたものは一種としてあった例はない」(丘浅次郎/動物学者)
一例として豊臣秀吉を挙げましょう。
「シャボン玉」という有名な童謡があります。この歌の作者は子供を幼くして亡くしており、この歌にはその悲しみが込められているといわれています。
「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた 風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ」
どれほど無常の風が吹かないよう願っても、この歌のように、幸せとは儚く壊れてしまうものなのです。