A「あなたが一番影響を受けた本はなんですか」
B「銀行の預金通帳だよ」(バーナード・ショー/劇作家)」
財欲は、1円でも多く金が欲しいという欲です。
小説家の武者小路実篤は、「金のある者は、金があるために不正をし、金のない者は、金がないために不正なことをする」と言いましたが、金が有っても無くても欲しい欲しいと餓えているため、縁さえくれば財欲からいろんな罪悪を造ってしまいます。
「サラリーマンが嵌まる甘い罠『着服』の誘惑——最初はほんの出来心だった・・・・」
週刊誌にこんなタイトルの記事がありました。
「初めは、私の経理上のミスだったんですよ。ごく単純なミス・・・・。それが30年以上勤めた会社を裏切る結果につながった。心の、弱さですかね」
こう語る村上重雄氏(仮名・62)は、神奈川県内の工務店(従業員約30人)で経理を担当し、30年以上勤め、社長からの信頼も厚かったといいます。
「あるとき、ネジやクギなどの金物を買っていた取引先のひとつから『未払いがある』と連絡があったんです。おかしいと思って銀行の出金記録を確認したら、私が口座番号を間違ったらしく、誰だかわからない個人の口座に代金を振り込んでいました」
金額は2、3万円程度だったといい、村上が最初に思ったことは、「ああ、面倒だな」だったそうです。
「2、3万円のために大騒ぎして、銀行に話をしたり、返金を求めたり、社長に怒られたりする。そう考えたら気が重くなってしまって。
それで本来、支払うべきだった会社には改めて支払いをした上で、間違って支払いをしてしまった分はパソコンで適当に架空の請求書を作って、経理書類に混ぜておいたんです。直後に決算があって、書類は税理士に一式渡したけれども、何も言われなかった。幸か不幸か、バレなかった」
「『なんだ、1万円や2万円くらい、どこかに行ったって、わからないじゃないか』と思ってしまったんです。それがいけなかった・・・・」
合計で100万円もの金を着服し、返そうとは思っていたが、やめられなかったといいます。
「ところが、いざやめようとすると、『せっかくこれまでバレないで来たのに、やめる必要があるのか』という思いが浮かんで消えないんです。麻薬の禁断症状っていうのも、ああいう感じなんでしょうね。歯を食いしばっても着服をやめて、返金するというふうに舵が切れなかった・・・・」
やがて、経営改善のため、仕入れ先を見直す話が持ち上がり、書類を再確認した社長が不審に気づきバレたといいます。
「おカネを取っている間は怖くて怖くて、目立ちたくない、ミスしたくないと思っていた。同僚と楽しく飲みに行くカネがほしかったのに、ヘタなことは口走れないと、付き合いも悪くなった。いいことなんて、実は全然なかったですよ。あのとき、カネが動かせると気づきさえしなければ・・・・。それさえなければ、こんなことにはならなかった」
同じようなことは大企業でもあります。
たとえば、54歳の三井住友銀行元副支店長の男が、9年間で11億円をだまし取った事件がありました。報道によれば、男は、行員の入力ミスをきっかけに、間違った数値を入力してもシステム上、何も齟齬が生じないバグに気づき、バグを悪用し始めたといいます。国税当局が不正を察知し、当局の指摘を受け、三井住友銀行が調査したところ男は関与を認め、解雇されました。銀行関係者は、「あとで調査したところ、この手口で現金をだまし取っていたのは彼だけだった。よほど手続きに精通していなければ、見つからないシステム上のバグだった」と指摘します。
製紙大手・北越紀州製紙の子会社の元総務部長が、2015年までの15年間に計24億7600万円を着服した事件もありました。これは着服金額が最も大きい事件だそうです。
デロイトトーマツの「企業の不正リスク調査白書2018-2020」によれば、調査対象企業の46.5%で過去3年間に何らかの不正が発生しており、そのうち「横領」は66.7%(複数回答可)を占め最多とのことです。元特捜部主任検事の前田恒彦は次のように述べています。
「この種の事件は、事実上一人で資金管理を行っている者による一時流用とその穴埋めからスタートし、形だけの監査で犯行がバレないことで次第に着服額が膨らんで大胆になっていき、穴埋め不能になったころに監査方針が変わったり、人事異動で資金管理の担当が後任者に変わるなどし、内部調査でバレるというパターンがほとんどです」
彼らも最初は1円のミスもしないよう気を張っていたことでしょう。まさか、こんなことをするようになるとは、その頃は思いもしなかったでしょう。
経理など、金に近い仕事をしている人は、よくよく注意する必要があります。金庫番と金庫破りは紙一重です。
他にも、火災跡で窃盗した消防士や、出動手当が欲しくて放火した消防団員、救急搬送中の男性から財布を盗んだ救急隊員、遺産の寄付業務を受任して横領した弁護士、特殊詐欺対策を悪用して金を騙し取った警察官というのもいました。
もっと酷いと、人を殺してしまうこともあります。
元県警浦和署巡査部長の中野翔太被告は、現金を盗もうと住宅に侵入、寺尾俊治さんを殺害したとして無期懲役が確定しました。中野被告は、寺尾さんの父親の検視で寺尾さん宅を訪れたことがあり、この際に多額の現金があることを知ったといいます。
アメリカでは18歳の女子学生が、「大富豪」からの依頼で親友を殺害するという事件もありました。この女子学生は、ネット上で自称大富豪から、「900万ドル(約9億7,480万円)支払うから誰かを殺し、殺害の様子を動画と写真に撮って送ってほしい」と頼まれたそうです。この自称大富豪は21歳の男で富豪ではありませんでした。
誰もが金に夢中になり、金の心配をしていますが、そうしている間に死が突然やってきます。金を数えていて階段から落ちて死んだ人や、偽札に群がり将棋倒しになって死んだ人もいますが、どの人間の生き方もこれらと大差ありません。
仏教ではこんな話が伝わっています。釈迦が阿難と一緒に農村を歩いていた時のことです。釈迦は歩みを止めて、阿難を振り返り、「ここに恐ろしい毒蛇がいる」と言いました。阿難がみると、道端に黄金の詰まった袋が落ちていました。
「さようでございますね。誠に恐ろしい毒蛇です」
2人はそのまま立ち去りましたが、これを1人の男が見ていました。男が近寄り、その袋を見つけるや、「これのどこが毒蛇なんだ」と喜んで持ち帰ってしまいました。
しかし、後日、盗人と思われて捕まります。厳しく責められた男は嘆きました。
「お釈迦様がおっしゃったことは本当だった。あの袋は恐ろしい毒蛇だった」
それを聞いて王は不思議に思いました。そして、事情を聴き改めて釈迦の偉大さを知ったといいます。