成功者に学ぶ人生の無常<3>ビートたけし

〇サクセスストーリー
ビートたけしは、1947年、東京都足立区で五人兄弟の末っ子として生まれます。
やがて、明治大学工学部に入学することになりますが、勉強意欲があまりなく、結局除籍となっています。この頃にクラブのボーイやタクシー運転手など様々なアルバイトをしており、この間に芸人に興味を持つようになります。
そして、「背広一つでできる」という理由から漫才を組み、後にツービートとして活動します。
・急激な成功
1980年代の漫才ブームの中で、毒舌ネタを売りに一気に知名度をあげます。たけしは、その頃の急激な成功体験の一例を次のように語っています。
「太田プロにスカウトされたときの最初の給料が12万かな。その2か月後に30万になって、半年後に700万になったの。で、さらに1年経ったら1500万になったの、月に」
たけしの成功は一時的なものではなく、その後も続き、さらに上昇することになります。タレントとしては、タモリ、明石家さんまと並び、日本のお笑いタレントBIG3などといわれ、映画監督としては、映画「HANA-BI」が、第54回ヴェネツィア国際映画祭で日本の作品としては40年ぶりとなる金獅子賞を受賞するなど、多方面で成功を収めたといえます。

〇幸せがなくなる
そんな成功を収めたたけしですが、当の本人は幸せではないということを語っています。
・欲しいものがなくなる
欲しいものをすべて手に入れてしまったため、欲しいものがなくなったといいます。
「家買ったりマンション買ったり、家建てたりやなんか、なんの感動もないね。どうでもいいと思ってるもん、家なんか。頭ん中から車だとか時計だとか、なくなっちゃったよね。買って見たら『こんなつまんなかったっけ?』というような。無理やり買うもん見つけたりなんかしたり、高い酒とか、女がいる店とか、無理やり行ってるだけで、なんにも興味なかったよ、やっぱ」
「俺、今10億円もらってもうれしくないもんなあ。ほしいもんもないし」

・やりたいことがなくなる
多くの名利を手に入れたため、他にやりたいことがなくなっています。
「だから俺、金持ちがボランティアやるのわかるわ。いや、やりたくないよ、別に。やることねえからやってんだから」
ちなみに、たけし自身だけでなく、たけしの友人も同じようなことを語っているといいます。
「小料理屋やって大きくしてる友達が支店だしたりして、朝から晩まで働いているけど、『結局そうだなあ、あと店舗3軒増やしたって死んでいくんだもんなあ。何の意味もないじゃないか』って。『おれお好み焼き屋やったりとか、いろんな金儲け考えてるけど、それも何の意味もねえなあ』なんて話してる」

〇バイク事故でわかったこと
本文で紹介した点以外にも、たとえば次のようなことに気づいています。
・生き方を反省
 死が近くなったことで生き方を反省しています。
「今までどうしてこんな生き方したんだろうって反省が猛烈に襲ってきた。過去の自分に対する自己嫌悪」

・目的を見失っていた
やりたいことは全部やってしまったので、目的を見失っていたと語っています。
「やっぱりさ、同じベクトルでずっとやってきて、煮詰まっていたところがあるんだ。ぐるぐる同じところを回っていて、同じようなテンションでさ、そこから抜け出せない、こっちはイラ立っているのにどうにもならない」
「(バイク事故は)結局・・・イラつくんじゃないですかね。漫才でも売れて、ラジオでも売れて、この先どうするんだろうと。あと、頭の中では落ち込むことしか出てこなくて。イライライライライライラして。俺どうするどうすると。(バイク事故は)白紙に戻す意味もあった」
「いろいろ忙しくやってきたけれど、たんなる騒ぎに乗っかって、乗っけられてきただけのような気がするもの。ちょっとは立ち止まって考えないと、まずいよな」

・同じ作業の繰り返しだった
「やってきたことというか、自分がどういうふうに生活してどんなことをしてきたかっていうのが思い出されて、ホントに馬鹿だったなって。果たして今までの芸能界の仕事は何だったんだろうか。何一つ満足してなかったな、と」

・人と比べていただけだった
やりたいことを人一倍やったと自負するたけしですが、他人と比べた幸せであったと言っています。
「おいらは一般の奴に比べたら色んなことやってきたんだ、欲しい車は手に入れたし、ねえちゃんたちとは遊びたいだけ遊んだ。結局、下の奴を見て、位置関係計ってただけ。その自分の汚さっていうのがよくわかった。それが、すごく嫌だなと思った。そういう感覚は心底まずいと思ったんだよ」

・何もかも嫌になっていた
たけしはよく「いついつまでに死んでやる」と言っていましたが、それは格好つけていただけであって、背負っている重荷を早く降ろしたいだけだったと言います。
「自分がいろいろ背負っているものを投げ出したいってのが本音であって、それを格好つけて、もう数年で死ぬんだと嘘ぶいていたってことだろう」

・自殺しようと思っていた
こういった心理状態だったので、バイク事故は、「無意識の自殺みたいなものだった」と自殺しようと思って自ら引き起こしたのではないかと振り返っています。
「今になって考えてみると、オレは自殺したんじゃないかって思うことがある。あれは自殺だったと考えるのが一番無理がない。自殺したいって意外に理由が見つからないから」

・人生はあっけない
人間の命がいかに儚いものであるかを感じています。
「これほどまでに人間があっけない存在だってことには気がつかなかったね」

・やっぱり生きる意味がわからない
これほど酷い事故を起こし、深く反省したものの、やっぱりいくら考えても生きる意味がわからないと言っています。
「こんな体験したんだから、退院したら、今までと違う生き方を少しはやりたいと思うけど、それがなんであるのかがわからない」
「人生ってなんだろうって感じるね。なんの意味もないことがよくわかる。今までの人生、何が楽しくて、何が大切で、何に執着してきたのか、まるでわからない。あってもなくてもよかったものばかり、そんな気持ちになってしまう。どれもがゴミとか泡みたいなもんだよ。何も残らないなぁ」
「生きなきゃいけないんだけど、生きる理由って何にも見つからないんだよね」
「生きるためなら人間はすごく残酷で勝手なもんだよね。人間が何で生きてる価値とか理由があるんだろうかって全然わかんない。ずっと考えてたんだけどね。『人は何で生きるか』がわかんないんだよね」

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