「あっという間の人生」といわれるがどれぐらい速いのか

幼稚園の時、小学生が大人に思えたものです。まして中学生、高校生、大学生なんてもっと大人の世界であり、ずっと遠い先の話だと思っていました。誰でも同じような感覚を持っていたはずです。
しかし今や、もっともっと年上になってしまいました。これまでがそうであったように、これからもあっという間に過ぎていくでしょう。もっと言えば、年齢が増すにつれて体感速度は加速するので、これまで以上に早く過ぎるはずです。このことを心理学的に説明したとされるジャネーの法則というのもあります。また、身体の活動や代謝速度の低下も一因のようです。
曹洞宗の開祖、道元は「時光のはなはだ速かなることを恐怖す」と言いましたが、人生は凄まじいスピードで進んでおり、あっという間に終わってしまいます。それがわかる表現をいくつか紹介します。

矢よりも速し

釈迦が比丘たちに尋ねました。
「弓の達人が4人いて、それぞれ東西南北に矢を放つとする。その矢が地面に落ちる前につかまえる男の足の速さをなんと思うか」
「まったく驚きの速さです」と比丘たちが目を丸くしていると、釈迦は「驚くのはまだ早い。その男の足の速さよりもっともっと速いのが無常の速さである」と言いました。

蜉蝣

蜉蝣の寿命は数時間から数日程度であり、非常に短い寿命をもつ生物の代表格ですが、人間の寿命も蜉蝣と大して変わりません。
「蜉蝣は朝に生れて夕に死すと云うといえども、人間の寿命に較べて差したる相違にあらず」(福沢諭吉)

露命

「露」というのは儚いものの代名詞のようなものですが、命は露よりも儚いものです。
「光陰は矢よりも迅かなり、身命は露よりも脆し」(正法眼蔵)
(訳:時間の流れは矢よりも速く、命は露よりも儚い)

「おくれ先だつ人は、本の雫、末の露よりも繁しといえり」(白骨の御文
(訳:遅れて死んでいく人も、先に死んでいく人も、草の根元の雫や葉末の露のようにすぐに死んでしまう)
「葉末の露」というのは、今にも落ちそうで危険な状態を表しています。

電光

電光とは稲妻のことで、命は一瞬で光って消える稲妻のように短いものです。
「人天に少楽ありとも、なほ泡沫・電光の速やかに起こり速やかに滅するがごとし」(安楽集)
(訳:わずかな楽しみがあっても、泡や稲妻のように手に入れた瞬間消えてしまう)

「人間はただ電光朝露の、夢・幻の間の楽しみぞかし」(御文)
(訳:人生は、ただ稲妻や朝露のような夢・幻の楽しみである)

臨終にわかる

本当に無常がわかるのは臨終です。苦労してきた人などは「これまでの人生は長かった」と思っているかもしれませんが、臨終が近くなればわかります。100歳近くまで生きた祖母は晩年、「あっという間の人生だった」と言っていました。「100年もあった、長かった」とはならないのです。

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