人間はこんなにバイアスがかかっている。世界をありのままに観察するのは難しい。「諦める」の語源とは?

「諦める」の語源

真理のことを諦といい、真理を明らかに観察することを諦観、真理を明らかに聞くことを諦聴といいますが、様々な力が働き、諦観・諦聴することが難しくなっています。煩悩といった内からの力だけでなく、歪んだ情報や社会的な圧力といった外からの力もあります。ちなみに、現代で使われる「諦める」の語源はここから来ています。

主観が入る(一水四見)

人間は業でできています。業について詳しくはこちらを参照ください。

釈迦が1番伝えたかった因果の法則とは

これはつまり、自然をありのままに見ているということではなく、業を通して見ているということであり、どうしても主観が入り偏見が入るということです。
そして、人間は1人1人業が違います。業が違うということは、見ている世界が1人1人違うということです。これを仏教では一水四見といいます。

【一水四見】人は一人一人異なる世界に生きている。

すぐ影響を受ける

意識するとしないとにかかわらず、ちょっとした行為で人間はすぐ影響を受けてしまうものです。
たとえば心理学の実験では、ワインを選ぶ際にドイツ語の音楽が流れればドイツのワインを買う確率が上がり、フランス語の音楽が流れればフランスのワインを買う確率が上がることがわかっています。暴力的なゲームをすれば反社会的行為を助長し、向社会的なゲームをすれば、そういう行為を助長することもわかっています。
このような、現代心理学でわかることは表面的なごく一部のことにすぎません。
一瞬見たり聞いたり思ったり、どんな些細な行為であっても1つの業(行為)であり、阿頼耶識に記憶され必ず影響を受けています。

本物だけを見る

すぐ影響を受ける自分だと自覚し、本物だけを見るよう努める必要があります。
「本物だけを見続けていれば偽物はすぐわかる」と言っていた鑑定士がいましたが、正しい教え(本物)を繰り返し聞けば間違った教え(偽物)はすぐわかります。
逆に、本物を見続けないと、熟練の鑑定士でも偽物を見抜けなくなります。精巧な偽物になるほど、その影響がはっきりとわかるでしょう。「偽物はすぐわかる」と思っているのは自惚れです。意識するとしないとにかかわらず、偽物に触れるだけで必ず影響を受け、知らず知らずのうちに偽物に染まっているのです。
この世は偽物に溢れており、偽物にすぐ影響される自己であることを自覚し、何度も何度も正しい教えを聞き続けなければなりません。もっと言えば、すでに偽物に染まっているのですが、それが自覚できないでいます。
「真贋の見分けに熟するためには『本物』ばかりを見なければならぬ。たとえ参考のためなどといっても、『偽物』に目をなじませると、かえって誤りやすいということであります」(芥川龍之介)

「本物を見ても、すぐ影響を受けてしまい、籠に水を入れるように、すぐに心が元に戻ってしまいます」
このようなことを言う人に対して蓮如は、「わが身を本物の水の中にひたしておけばいいのだ」とアドバイスしたといいます。

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