【病苦】重い病にかかるとどれほど苦しいのか

四苦の中の1つ病苦は、病気になる苦しみです。
「人は病の器」といわれるように、次から次へと病が生じ、大半の人は病気で死にます。病気は四百四病あるといわれ、これは無数にあるということですが、どれほど医学が進歩しても、結局は病気に負ける運命にあります。
人間の命はあっという間ですが、いわゆる健康寿命はもっと短いです。重い病にかかれば天を仰ぐようにして激しく苦しみますが、死にたくないために激痛に耐えてでも治そうとし、体が機械化してでも生きようとします。死にたくない欲求と死にたい欲求がせめぎ合うのです。

文芸評論家の江藤淳は、次のような遺書を残して自殺しました。
「心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る6月10日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ」
俳優の今井雅之は、末期の大腸がんに罹った苦しみを次のように語って死んでいきました。
「これは本人にしかわからないけど、船酔いしているところに40度以上のインフルエンザにかかっている感じ」
「担当医にも言いました。もう生きているだけなら、きついモルヒネをどんどん打って『殺してくれ』って」
「自分が大病したことで、毎日を普通に生きることが、どれほど大切かを痛感した。若い世代に『生きて生きて生きまくれ』というメッセージを伝えたい」
「生きていてこんなにつらいことはない。役者が舞台を降りるというのは本当に悔しい」
「自分の判断で降ろさせてくれと(言った)・・・・。本当にすいません、病には勝てなかった・・・・」
小説家であり天台宗の僧侶でもある瀬戸内寂聴は、腰部の圧迫骨折で入院した際、見舞いの電話をかけた黒柳徹子に、「背中が痛いわ何だわで、もう神も仏もない」と言ったといいます。さらに黒柳が「そんなことおっしゃっていいんですか?」と聞くと、寂聴は「いいのよ、もう」と言ったのだそうです。

激痛だけではない

肉体の激痛だけではありません。
明るいキャラが売りだった落語家の林家こん平は、多動性硬化症を発症すると、落語家として復帰できないのではと思い悩み、病室の窓を開けて飛び降り自殺を図ろうとしたといいます。
また、女優の川島なお美は、胆管がんの治療のため出演していた舞台から降板決定直後、「悔しい!悔しい!」と泣き続けていたといいます。
ビートたけしは、バイク事故で入院した際、「一番情けなかったのは、尿道に管を突っ込まれて垂れ流し状態を続けたというのがどうにもならない。これは情けない。自分の排泄物まで他人に管理されてしか生きられない、っていう事実に圧倒された。ほんとにどうにもならないんだもの」と語っています。

死を意識する

そして、否が応でも死を考えざるを得なくなります。
「ひとりきりで病室にいると、ごく自然に『死』とは何か、という考えに行きついてしまうんだよ」
「病院というのは、生まれると死ぬを四六時中やっている。人間の一生が全部つまっているような所だね。何だか生きるのと死ぬのとが、ベルトコンベアーに乗って動いているみたい」
「おいらが病床で考えていたこと、というのは、本当に『生と死』の問題だけだったといっても、いいすぎじゃないんだよ。いくら考えてもわからない、答えが出たわけでもない」(ビートたけし)
ある入院患者は「病院はベルトコンベア式に命が入れ替わる」と言いました。朝生きていた人が夕には死に、葬儀屋が来て死体を運んで、また別な患者が来て・・・・という流れ作業を、看護師たちが感傷に浸る間もなく次から次へとこなす様子を見て、こう表現したのです。

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