どこまで信念を貫けるか。「君たちはどう生きるか」に学ぶ人間の弱さ。「死んでも貫ける」と思っているのは自惚れ。

「自分は信念を貫ける」と思っているかもしれませんが、果たしてどうでしょうか。

「君たちはどう生きるか」 に学ぶ

たとえば、子供から大人まで、日々「いじめ」のニュースが流れてきます。そういったニュースを見ると「何て酷い奴だ」と腹が立つことでしょう。しかし、自分が当事者となった場合、いじめを止めることができる人は、どのくらいいるでしょうか。
たとえば、学校での生活を思い出してください。いじめを止めれば、今度は自分がいじめのターゲットになるかもしれません。子供にとって、友達から嫌われるということは物凄い恐怖です。もし、いじめを止めたことがあるという人がいれば、その人は凄く勇気がある人で、自信を持つべきでしょう。しかし、多くの人は、怖くて見て見ぬフリをしたり、止めることはできなかったのではないでしょうか。

児童文学者の吉野源三郎が書いた「君たちはどう生きるか」という本があります。
1937年に出版された本ですが、最近話題となっており(発行部数200万部以上のベストセラー)、本の中で、この弱い人間心理が描写されているので少し紹介しましょう。
友達が目の前で上級生に殴られているのを、主人公のコペル君が黙って見ている場面です。
「自分も飛び出すならこのときだ、とコペル君は思いました。しかし、そう思うと、全身がふるえ出して、思い切って飛び出すことができません。今だ、今だと思いながら、コペル君はその踏ん切りがつかないで立っていました」
上級生が、「仲間がいるなら出てこい」と怒鳴った時、恐ろしい声にコペル君は思わず顔を伏せ、あげられなくなってしまいます。
「コペル君は、首をうなだれて、しょんぼりと立っていました。顔の色はすっかり蒼ざめ、ぼんやりと足もとを見つめたまま、身動きもしません。太陽は運動場の向こうの校舎の上からまだ、眩しい光を投げていましたが、長い影を引いて立っているコペル君の姿は、この上もなく寂しそうでした。そうです。コペル君は暗い暗い世界に落ち込んでしまっていました。
『卑怯者、卑怯者、卑怯者』
聞くまいとしても聞こえてくるのは、この無言の声です。殴られるならいっしょにと、あれだけの固い約束をしたのを、コペル君は破ってしまったのでした。親友が殴られてるのを目の前に見ながら、なに1つ抗議せず、なに1つ助けようとはしないで、おめおめと見過ごしてしまったのです。
コペル君は顔があげられませんでした。さっきまであんなに仲のよかった友達が、もう永遠に近づけない、よそよそしいものとなって、自分から遠ざかってしまったように思われます。まるで、自分ひとり暗い谷底へ落ちこんで、這いのぼることもできない高い崖の下に取り残されてしまったような気持ちです。なんてことを自分はしてしまったんだろう。なんて取り返しのつかない真似をしてしまったんだろう。コペル君は、自分がどうしてこんな事をしてしまったのか、自分ながらわかりませんでした」
そして、自分の卑怯な行為を正当化しようとします。
「そうだ、自分はあのときよっぽど飛び出して上級生の前に立とうと思ったんだ。出てゆくなら今だ!出てゆくなら今だ!と自分は何度心に繰り返したことだろう。それなのに、つい機会を失って、とうとう自分は出てゆけなかったんだ!『自分だって・・・』と、コペル君は心の中で言いました。
『自分だって、あの場に飛び出してゆく気がなかったんじゃあない。自分ひとりあの場を逃げてしまおうなんて、そんなことちっとも思やしなかった。ただ、つい出て行きそこなって・・・・』」
しかし、何もできなかったことを思い出し罪悪感に苛まれています。
「あのことは誰にも気がつかれなかったかもしれませんが、コペル君自身が自分で知っています。顔からスーッっと血の気が引いてゆくのを感じた、あのときの気持ち!誰か見ていた者はなかったかと、横目でソッとあたりをうかがった自分の様子!コペル君は、この記憶を、どんなに心から消してしまいたかったでしょう。なんといってもコペル君は、友達を裏切ったのでした。もうなんとしても、あの意気地のない行いを取り消すことはできません。ああ、とんでもないことをしてしまった!とんでもないことをしてしまった!」
この後も「体調が悪かった」など、様々な言い訳を考えては罪悪感に苛まれるということを繰り返しています。
「ああ、この記憶が頭にこびりついているのに、どうして、自分を考えの深い、偉い人間であるかのように見せかけることができましょう。どうして、この自分をゴマ化すことができましょう。ほんとうに、あのときの自分を思い出すと、コペル君は、自分ながら自分が厭になってきます。いざとなると、自分があんなに憶病な、あんなに卑屈な人間になろうとは、今度のことがあるまで、夢にも思わなかったことでした。
同時にコペル君は、人間の行いというものが、一度してしまったら二度と取り消せないものだということを、つくづくと知って、ほんとうに恐ろしいことだと思いました。自分のしたことは、誰が知らなくとも、自分が知っていますし、たとえ自分が忘れてしまったとしても、してしまった以上、もう決して動かすことはできないのです。自分がそういう人間だったことを、あとになってから打ち消す方法は、絶対にないのです。
『どうしたら、いいんだろう。どうしたら、いいんだろう』
コペル君は、天井をみつめたまま、思わず唇を噛みます。日暮れどきなど、まだ電灯をともさない部屋の中で、ひとりそんな事を考えていると、コペル君は、なんともいえない寂しい思いがしてきました」
以上、簡単に紹介しましたが、大抵はコペル君と同じような振る舞いをしていたはずです。

どんな状況でも信念を貫けるか

「子供の頃は勇気がなかったが今は強くなった」という人もいるでしょうが、果たしてどうでしょうか。
スウェーデンで行われた社会実験で、カップルの男性が女性に暴力を振るうシーンを役者に演じてもらったところ、実験場面に遭遇して助けようとした人は53人中1人だったといいます。話はズレますが、教員試験なども、ペーパーテストだけでなく、こういった実践的なことを抜き打ちで行うようにすればいいのではないでしょうか。
誰もが戦争は悪だと言いますが、実際の当事者となったらどうでしょうか。
ケネディ大統領の補佐官を務めたアーサー・シュレジンジャーは、ピッグス湾事件に関する作戦会議での自分の振る舞いについて次のように懺悔しています。
「大統領執務室でのそうした重大な討論において、私はあまりに口を開かなすぎた。しかし、私がなぜ質問することにさえあんなにもおびえていたのかを考えてみると、あのばかげた作戦に警告を鳴らすことは、あの討議の場の雰囲気からはやはりどうしてもできなかったのである」
また、太平洋戦争中に学徒出陣し、特攻隊員になった岩井忠正さん(99)は次のような後悔の言葉を口にしています。
「この戦争は間違っているとうすうすながらわかっていたにもかかわらず、沈黙して特攻隊員にまでなった。死ぬ覚悟をしてるのに、なぜ死ぬ覚悟でこの戦争に反対しなかったのか。時代に迎合してしまった。私のまねをしちゃいけないよ、と今の若い人に伝えたい」
彼らは特別、勇気がない弱い人間なのでしょうか。
皆が戦争へ向かっている中で反対すれば、軍法会議にかけられ国中から非国民だと非難されるでしょう。当事者となれば、ほとんどの人が彼らのように黙って迎合しまうのではないでしょうか。ちなみに、アウシュヴィッツ強制収容所所長のルドルフ・ヘスも、軍法会議にかけられることへの恐れが、残虐な行為を拒めなかった一因だったと語っています。
普段は舌鋒鋭く正義を主張していても、いざとなったらわが身を優先したい我利我利の本性が現れてくるのです。
第1巻でも見たように、嘲笑を恐れて自説を曲げる科学者もたくさんいます。
仏教者も同様です。住蓮房や親鸞のような仏教者はほとんどいません。
戦時中、本願寺は軍部の命令に従い、教行信証から天皇批判の箇所(主上・臣下——)を削除してしまいました。それだけでなく、神社参拝も奨励し、法主は神社に参りました。さらに、「死の解決をしなくても天皇のために死ねば極楽に生まれる」とまで教えを捻じ曲げてしまいました。
「ゴジラは皇居を潰さない」という言葉もあるようですが、このように圧力が強くなれば、保身のために信念を曲げてしまうのが人間なのです。
あるいは、やってもいない罪をやったと思うようになったりもします。
「無実な人間が説得によって犯罪、特に深刻な犯罪の自白などするわけがないという考えは、間違っています。(中略)警察の誘導によって虚偽の自白をさせられた事例は痛ましいほど多いと、法学者たちが明らかにしています」(ロバート・チャルディーニ/アリゾナ州立大学教授)

本物の死が迫ればどんな信念も折れてしまう

こちらの記事で説明した通り、どんなに強い信念を持っていても、死がある限り貫き通すことができません。

死は最大の苦しみ。死はすべてを一瞬で破壊する。楽な死に方はない。

本物の死の恐怖を前にすれば一瞬で折れてしまいます。「死を突きつけられても信念を貫ける」などと思っていたら、それは自惚れです。
死を解決しない限り、真に自由な活動はできないのです。

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