差別心は人間の本性
人間は利己的であるために、どうしても差別心があります。
たとえば、遠いアフリカの子供が餓死しても、自分の子供のかすり傷ほども驚かないでしょう。これは、アフリカの子供と自分の子供とで愛情に差別があるためです。
「人間は生まれつき人種差別的、自民族中心主義的なのであり、むしろ社会化と教育を通じて、そのような性癖を抑制することを学ぶのである」(アラン・S.ミラー/北海道大学教授/「進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観」より)
「一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことのほうがずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ」
「自分の身に降りかかってこない限り、何も他人や社会のためにやらないでしょうが。たとえば、家族から銃の犠牲者が出ないと、銃の規制に取り組むことはないんだ。結局、自分で痛みを感じたヤツが『それは許せない、嫌だ!』って主張するだけであって、なかなかボランティアとか善意ってのは力を持てないね。嘘の善意でもないよりはマシかもしれないけど」(ビートたけし)
もっと言えば、自分の子供に対してさえ差別があります。たとえば、自分になついて甘えてくる子供のほうが、そうでない子供より可愛いといった具合です。
「親は義理の子供より血のつながった子供をかわいがるばかりか、実の子供でもかわいがり方に差があり、知能、容貌、健康、社会性に優れた子供を優先する傾向がある」(アラン)
「差別」には大きく次の2つの意味があり、往々にして両者がごちゃまぜになって使われています。
1.不平等や見下す、軽蔑といった意味
2.区別、分別、違いといった意味
誰もが口では、「差別してはいけない」「人間の命は平等」といった具合に、軽蔑の意味で差別することは悪いことだと言います。しかし、本心ではそうは思っていません。区別だと割り切れず、蔑視の感情が入ってしまうのです。
「招かれざる客」というアメリカ映画があります。
日頃から人種差別反対を説いている白人の家に、娘が黒人の恋人を連れてくるのですが、その頃からその娘の親の心は揺れ動くのです。口では人種差別反対を説いていながら、いざ自分の娘が黒人の恋人を連れてくるとなると、いい気持ちがしません。本心では別れてほしいと願うのです。このような本音と建前に苦しむ様子が描かれています。
人間社会は、上から下まで差別で溢れています。
イギリスのヘンリー王子と妻のメーガン妃は、王室メンバーから、「生まれてくる子の肌の色はどれぐらい濃いだろうか」「子供はどんな見た目になるかな?」と言われたことを明かしています。
もちろん日本でもあります。
長年部落問題に携わり、同和対策事業特別措置法を作る立役者となった磯村英一(都立大学名誉教授)は、「法律では差別はなくならない。同じ人間なのだという発想に立たねばならぬことを痛感している」と語ります。部落差別は根深く、法律ができた今でも結婚や教育の妨げとなっている現実があります。
また、民俗学者の赤松啓介は著書「差別の民俗学」の中で次のように語っています。
「われわれ人間、あるいは人間社会から排他や差別という精神構造(共同幻想)、社会機能を取り除くことは不可能で、ただある時代、ある社会段階では、それぞれに相応した手段、方法が発生し、発達し、その時代なり、その社会なりが崩壊するようになると排他や差別の機構、内容も変化し、次の新しい時代、あるいは社会に相応したものになると考えられる」
ある人が交通事故で瀕死の重傷を負い、輸血が必要となった時の話です。部落の人が名乗り出たところ、患者の親族が「部落の人間の血はもらえない」と拒否したといいます。命よりも差別意識が優先されたということです。
平成最悪とされる犠牲者を出した障害者福祉施設「やまゆり園」での殺傷事件。植松聖被告は、「人ではないから殺人ではない」と主張します。社会学者であり、重度の知的障害がある娘を持つ父親でもある最首悟(和光大学名誉教授)は植松と面会した感想を、「植松被告は精神障害でも薬物中毒でもなく、正気だったと確信した」と語っています。
植松だけでなく、すべての人間に差別心があるのです。この事件について、精神保健福祉士で全盲の障害者でもある藤井克徳(日本障害者協議会代表)は次のように語っています。
「実はこの差別意識は人間の性ともいえるものです。今回の事件を通して、自分の中にも『小さな植松』が潜んでいるということ、つまり『内なる差別』に気づくことが大事です。障害者施設の必要性は認めつつ、家の近所に建つとなると、反対運動が起きるのもその一例です」
第1巻でも見たように、真実を追究することが仕事であるはずの科学者にもいじめがあります。
人間には弱い者いじめをしたい心があります。ホームレスのいじめや介護施設での虐待といったニュースが連日流れてきますが、こういった事件の加害者と同じ心が自分の中にもあるのです。fMRIなどを使って無意識の差別心を調べた実験も数多くあります。人間は皆、差別の自覚がなく差別しており、いじめている自覚がなくいじめているのです。
もちろん差別やいじめは、人間に対してだけではなく他の生物に対してもあります。人間は生物の命の価値を同じだと思っていません。犬や猫といった人間に近い種は愛しても、虫や魚といった遠い種は殺しても何とも思わないといった具合です。動物愛護系の本はかなり多いですが、ほとんどは哺乳類や鳥類といった人間に近い種に関するものですし、動物愛護法を見ても種によって差別があることがわかります。天然記念物として守られる動物もいれば、害獣として殺される動物もいます。犬や猫を食べる国もあると聞けば日本人は嫌悪しますが、日本人が馬やクジラ、タコを食べると聞けば外国人は嫌悪します。
解剖学者の養老孟司(東京大学名誉教授)は次のような差別をしていたことを告白しています。
「30代の後半の一時期、私は動物や虫を殺せなくなったことがありました。急に殺生ができなくなった。解剖に使うのは死体だから、殺す必要はない。だから、それには支障がないのですが、実験に使うネズミも飼っていると情が移ってきて、殺せなくなった。それでどうしたかというと、わざわざ野生のネズミを捕まえてきて実験に使ったりもしました。殺すという行為は同じなんですが、捕まえてくるという要素が入ると、狩猟のような感じがして、自分の心を合理化しやすかったのかもしれません」
俳優の松方弘樹は、「撃つときに鹿が眼に涙を流しているのを見て、狩猟をやめた」と語っていましたが、その後、釣りを趣味にしたことから、鹿と魚とで彼の愛情には差別があったといえます。
このように人間は動物に対して差別心がありますが、その差別心は人間にも向けられているのです。
正像末和讃には、「愛憎違順することは 高峯岳山にことならず」と説かれています。「自分の意に従い利益となってくれるような人やものは愛し、その逆は憎む、この落差は起伏が激しい高い山のようである」という意味です。
平等に徹する
差別心があることを自覚し、平等を徹底できるよう努めることが大切です。結論から言えば、そのようなことは人間にはできませんが、近づくことはできます。仏教の先達に学びましょう。
釈迦十大弟子の1人である阿難が、スードラの娘に手を差し伸べた時のエピソードが伝わっています。
当時のインドにはカースト制度という4つの身分制度がありました。司祭のバラモンを頂点に、クシャトリア(王族)、ベイシャ(庶民)、スードラ(隷民)と続きますが、最下層のスードラは虫けら同然の扱いを受けていました。
今でもカーストの意識は根強く残っています。そのため下位カーストの人が自殺したり、異なるカーストと結婚した人を親族が殺してしまう「名誉殺人」といった事件は後を絶ちません。事例を紹介しましょう。
インド西部ラジャスタン州の村に住んでいたラーマ・クンワルさんは、8年前に家族の意向に反して異なるカーストの男性と結婚し、村を離れて暮らしていました。
8年経ち、もう家族が結婚を許してくれていることを期待して帰省しますが、これが間違いでした。まだ怒りが収まっていなかった兄弟に焼き殺されてしまったのです。地元当局者は、「彼女は今なら両親が許してくれると思っていたが、兄弟たちは彼女が村に戻ったと知るなり、すぐにクンワルさんのいた家に駆けつけ、彼女を引きずり出した」と話します。クンワルさんが助けを求めて叫んでも、誰も助けようとしなかったといいます。
また、14歳と15歳の姉妹が集団でレイプされた後に殺され、死体を木につるされた事件がありました(犯人のうち少なくとも2人は警察官)。この時、姉妹の親が警察に訴えても、スードラだからという理由で相手にされなかったといいます。ちなみにこの事件では、村人が抗議のため死体を吊るしたままにし、それがテレビ中継され、ネットでもすぐに画像を見ることができます。
高位カーストの男が下位カーストの12歳の少女をレイプした事件もありました。この時、男が住む村のコミュニティリーダーは、男に「罰」としてこの少女と結婚するよう命じ、さらに結婚後、少女は男の家族に暴行され殺されたといいます。
憲法で禁止された現代でもこのような酷い差別があるのですから、釈迦の時代は想像を絶するものだったはずです。スードラに手を差し伸べようものなら自分も酷い迫害を受けてしまいます。しかし阿難はそれをやったのです。
また、どんなに身分が高い人であろうが平等です。
世間の価値観からいえば、たとえば天皇ほど偉い人はいないと思っているかもしれませんが、一切関係ありません。すべての人間は煩悩具足の凡夫であり極悪人です。
建礼門院は、仏道入門にあたり簾の中から手だけを出して戒めを受けようとしたため、「簾をあげられよ」と注意されました。
親鸞の弟子の1人が、親鸞の悪口を散々言って去っていこうとしたことがありました。別の弟子が、「あいつは許せない。去っていくのなら渡された本尊や聖教を取り返すべきだ」と怒ったのを聞いて、親鸞は次のように諭しています。
「本尊・聖教を取り返すこと、甚だ、しかるべからざることなり。そのゆえは、親鸞は弟子一人ももたず、何事を教えて弟子というべきぞや。みな如来の御弟子なれば、皆共に同行なり。(中略)かの聖教を山野に棄つというとも、そのところの有情群類、かの聖教に救われて、ことごとくその益を得べし。しからば衆生利益の本懐、そのとき満足すべし。凡夫の執するところの財宝の如くに、とりかえすという義、あるべからざるなり」(口伝鈔)
(訳:御本尊や御聖教を取り返すなどとは、とんでもないことだ。親鸞は、弟子を1人も持っていない。何を教えて弟子ということができようか。皆、仏の弟子であり同行なのだ。(中略)たとえ聖教が捨てられても、そこのところの生物が仏縁を結ぶことになるだろう。御本尊や御聖教を世間の宝物の如くに思い、取り返すなどと言ってはならない)
同行とは、「極楽に行くために同じ行をしている人」を意味します。
これは「万人は平等である」という宣言ですが、時代背景を知ることも重要です。今から800年も前の、しかも鎌倉時代という封建制の時代に言った言葉です。身分制度が厳しく、生まれながら貴賤があると思われていた時代です。江戸時代の医師、山脇東洋は「どんなに偉い人だろうが野蛮人だろうが、内臓はみな同じ」と言い、福沢諭吉は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言いましたが、それよりもずっと前にこのような宣言をしていたのです。
蓮如も「私は門徒によって生きている」と言い、仏教を気持ちよく説けるのも会員がいるおかげだと言っています。
弟子と先生の間の壁だけではなく、怨む者と怨まれる者、悪口を言う者と言われる者等々、一切の壁がありません。仏教には怨親平等という言葉があります。怨は自分を怨む者、親は自分を愛する者です。
日本は仏教国なので、意識するとしないとにかかわらず、この教えが広く浸透しており、日本人の善悪観に影響を与えています。
このような平等観は、他の宗教、たとえばキリスト教と比べてもまったく違います。少し見ればわかりますが、聖書は差別で溢れています。たとえば、旧約聖書「創世記」には次のように書かれています。
「海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生物を支配せよ」
「生きているものはみな、あなた方の食物である。緑の草と同じようにすべてのものをあなた方に与えた」
あまりに人間に都合がいい教えです。
「環境を支配せよという聖なる命に従った結果は明白である。人間は増え続け、ますます地球の資源を搾取する一方である。東洋では人間のコミュニティや居住環境は自然の中に組み込まれた不可分の一部であると説いているのに、西欧の人々は地を支配し奉仕させるべく汲々としていたのである」(アーヴィン・ラズロ)
「キリスト教では、動植物のランクは人間よりも低く最低である。ゆえに、キリスト教徒の欧米人にとっては、人間の生命と他の生物の生命とが同じ価値であることは到底認めがたいであろう。これに対し仏教では、人間をも含めてあらゆる生物の生命は、すべて等しく、かつ尊いとの『万類共尊』の思想があり、ために仏教徒の東洋人にとっては、人間生命と他の万類生命との『等価性』は西洋人よりははるかに受け入れやすいであろう」(岸根卓郎/京都大学名誉教授)
「スペインのキリスト教徒はサント・ドミンゴ、プエルトリコ、ジャマイカ、キューバなどを征服し、住民の100万人をほとんど絶滅させてしまいました。さらにインカ帝国、マヤ帝国、アステカ帝国のような文明大国はスペイン人の暴虐な植民地政策による虐殺の結果、人口が激減しています。インカ帝国の人口は1600万人から108万人に、アステカ帝国では1100万人であった人口が、1600年の調査では100万人まで減少したのです。その後、イギリスのキリスト教徒がアメリカ大陸に渡りましたが、推定1000万人いたアメリカインディアンは白人の攻撃を受け、19世紀末には実に95%が死に絶えたのです。まさに『右手に剣、左手に聖書』を携え『神』の名のもとに、先住民を虐殺したのです。近年、イスラム教徒の残忍さをユダヤ教徒やキリスト教徒がしきりに非難していますが、一神教の『選民思想』と他民族や異教徒を敵視する『排他主義』とは表裏一体であり、イスラム教徒だけに非があるわけではありません」(高橋徳)
「イエスは神の愛を説いたが、イエスを信じない悪しき人々には復讐も辞さない。神と契約した者だけを差別的に優遇する思想であり、隣人愛の背後にも神の怒りが控えていた。(中略)仏教の慈悲とキリスト教の愛とは、幅が違う」
「イエスが自らを犠牲にして全人類を救済するというが、『人類の大多数が神に呪われて地獄に堕ちなければならない』という新約聖書の記述からは、とうてい『愛の福音』とか『愛の宗教』という表現を認めるわけにはいかない。実際にキリスト教信仰の正統派の解釈を受け入れなかった科学者たちは、『異端者』として火あぶりの刑に処せられたり自由を奪われたりした」(児玉浩憲/科学ジャーナリスト)
フランスの文豪ロマン・ロランが揶揄したように「神はネロの如き暴君」です。このキリスト教の教えも、意識するとしないとにかかわらず、キリスト教圏の人々に強い影響を与えています。
欧米人の振る舞いを見て、「なぜそんなに差別するのか」と日本人は思うでしょうが、根幹にはキリスト教の存在があります。キング牧師は公民権運動の前にキリスト教を捨てるべきでした。
絶対平等の世界
努力で差別心を減らすことは可能ですが、人間には限界があります。これを自力信心といいます。
一方、阿弥陀仏という仏から賜る他力信心は一味平等の世界であり、一切の差別がありません。自力信心は、1人1人業が違うため、1人1人違う信心になりますが、他力信心は、阿弥陀仏から賜る信心であるため、すべての人が同じ信心になります。
たとえるなら、どんな財布であっても、中身である金の価値に違いはないようなものです。高級な財布であろうが、ボロボロの財布であろうが、1万円が入っていれば同じ1万円の価値があります。1万円札は他力信心、財布は私たち1人1人のことをたとえています。釈迦のような優れた人(高級な財布)であろうと、私のような劣った人(ボロボロの財布)であろうと、阿弥陀仏から賜った他力信心の価値に違いはないのです。
正信偈には、「凡聖逆謗斉廻入 如衆水入海一味」と説かれています。「凡・聖・逆・謗斉しく廻入すれば、衆水の海に入りて一味なるが如し」と読みます。
凡は凡夫、聖は聖人、逆は逆罪を造っている人、謗は謗法罪を造っている人を指します。つまり、「凡・聖・逆・謗」で「すべての人」を意味します。
衆水とは、「いろいろな水」という意味です。すべての川は1つの海に通じており、どんな川であっても海の中に入れば同じ水となります。そのように、どんな人も阿弥陀仏に救われれば同じ喜びの身にさせて頂き、一味平等の世界に遊ぶことができるということです。
親鸞の三大法論の1つに「信心一異の法論」があります。
事の発端は、親鸞が「私の信心と法然上人の御信心とは、まったく同じで変わるところはありません。一味平等であります」と言ったところから始まります。
それを兄弟子である、聖信房、勢観房、念仏房の3人が聞いていました。この3人は、法然門下三百八十余人の中でも上足に数えられるほどの人たちです。3人は親鸞の言葉を聞いて非難しました。
「勢至菩薩の化身であらせられる法然上人の御信心と、我々のような者の信心が同じであるはずがないではないか」
それに対して親鸞は、こう反論しました。
「知恵や才覚、学問や徳が法然上人と一緒だと言っているわけではありません。阿弥陀仏から賜った他力信心が一緒だと言っているのです」
どちらも頑として譲らなかったため、先生である法然に裁断を仰ぐことになりました。すっかり3人は褒めてもらえるとばかり思っていましたが、法然は次のようにハッキリと言いました。
「信心のかわると申すは、自力の信にとりてのことなり。すなわち、智恵各別なるがゆえに、信また各別なり。他力の信心は、善悪の凡夫、ともに仏のかたよりたまわる信心なれば、源空が信心も、善信房の信心も、更にかわるべからず、ただひとつなり。我が賢くて信ずるにあらず。信心のかわりおうておわしまさん人々は、わがまいらん浄土へはよもまいらせたまわじ。よくよく心得らるべきことなり」(御伝鈔)
(訳:信心が変わるのは、自力の信心だからである。智恵や才覚が一人一人異なるために、信心も変わるのである。他力の信心は、人間の善し悪しに関係なく、阿弥陀仏から賜る信心なので、法然の信心も親鸞の信心も少しも変わらず、まったく同一の信心である。法然が賢いから賜わったのではない。異なる信心の人は、自力の信心であるので、法然が行く極楽浄土へは絶対に行けない。よくよく心得るべきである)
信心は人間にとって命です。自分が善知識と尊敬する先生からこのように間違いだと言われたのですから、彼らは地獄に堕ちたような衝撃を受けたことでしょう。
信心決定は100人いれば100人同じ体験をします。そうであることは、2500年前のインドで書かれた聖教であろうと、現代の日本で書かれた聖教であろうと、聖教に食い違いがないことからも知ることができます。相対智の人間が、時代や場所に関係なく同じことを言っているのです。
・信ずるだけで救う
賢愚・貴賤・貧富・美醜・老若・男女etc.あらゆる差別に関係なく、阿弥陀仏を信ずる1つで死の解決ができます。
「賢愚を択ばず、緇素を簡ばず、修行の久近を論ぜず、造罪の重軽を問はず、ただ決定の信心すなはちこれ往生の因種ならしむ」(観無量寿経義疏)
(訳:頭が賢いか愚かか、出家か在家かに関係なく、また、修行時間の長い短いを論ぜず、造る罪悪の軽い重いを問わず、ただ信心が決定することだけが往生の因なのである)
・差別の慈悲か
阿弥陀仏の愛は平等の愛ではなく、差別の愛であると批判する人がいます。
ある時、一休が、友人の蓮如に次のような歌を送りつけました。
「阿弥陀には まことの慈悲はなかりけり たのむ衆生を のみぞたすくる」
「阿弥陀仏はすべての衆生を助けるというが、たのむ衆生だけを助けるのだから、真の慈悲はなく、差別のある仏ではないか」と一休は言うのです。
これに対し蓮如は、こう返歌します。
「阿弥陀には 隔つる心はなけれども 蓋ある水に 月は宿らじ」
「阿弥陀仏に隔て心はないが、蓋がある水に月の光が届かないように、心に蓋をしていては阿弥陀仏の光明は届かない」という意味です。つまり、心の蓋(疑情)を外すよう努力しなければならないと教えているのです。
「月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の こころにぞすむ(勅修御伝)」という歌もあります。
「月の光は至る所を照らすが、眺めようとする人の心にしか見えないように、阿弥陀仏の光明はあらゆる場所を照らすが、疑情の蓋が取れた人しか救われない」ということです。
・一人がための本願
死の解決の境地を一子地ともいいます。
「すべての衆生を一人子のように愛する心を持つ境地」という意味です。
「平等心をうるときを 一子地となづけたり 一子地は仏性なり 安養にいたりてさとるべし」(浄土和讃)
(訳:死の解決をして一切を平等に見る心を得る時を、一子地と名づけるのである。一子地は仏心であり、死の解決をして悟る心である)
阿弥陀仏の慈悲は平等に心がかかっているといわれますが、そのような味わいは頭だけの理屈の話しであり他人事であって、まだ体験的理解をしていません。救われれば、自分1人のために思いがかかっていると味わわざるを得ません。
たとえるなら、兄弟の中で1番の不良息子が、親の力で窮地を脱し、親の愛を知り改心するようなものです。
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」(歎異抄)
(訳:阿弥陀仏が五劫もの間、深く考えられた本願をよくよく考えめぐらせば、偏に親鸞ただ一人のためのものであった)
「もし生まれずばとまで言われる、その若しは、私のためでありましたか」(おその)
法然は、阿弥陀仏が法蔵菩薩だった時のご苦労話を読むと、いつも涙を流していたといいます。「この十悪の法然を助けるために法蔵菩薩はご苦労なされたのかと思うと、涙を流さずにはおれない」と言うのです。本願が血肉となっていなければ泣けるようなものではなく、単なる物語や絵空事のようになってしまいます。鬼の本性を持った人間が、阿弥陀仏の念いに触れれば必ず涙を流します。
ある僧侶が庄松に「大無量寿経を読んでみよ」と言いました。庄松が文字を読めないことを知っていて、彼を辱めようとしたのです。すると庄松は、「庄松助くるぞ、庄松助くるぞ」と延々と言ったといいます。