「我に七難八苦を与えたまえ」苦しみに立ち向かう幸せがある。しかし、その幸せも無常。努力し続ける人生で終わってはならない。

苦しみに立ちむかうことは道徳倫理でも言われることですが、自己を知る上でも重要です。
・苦は楽の種
「楽は苦の種」「苦は楽の種」という諺もありますが、楽は人間を弱くし、結果として苦しみも多くなり、逆に、苦は人間を鍛え、結果として楽も多くなります。
精神も肉体のように休ませると弱くなり、働かせると強くなるのです。心理学でも、精神力は筋肉と同じように鍛えられることがわかっています。
「苦難が神経の抵抗力をつけ健康を促進させる」
「逆境こそが強靭な精神、肉体を創る」
「この原則の存在を忘れてしまった人々は、肉体と精神の退化という代償を支払わねばならない」(アレクシス・カレル/1912年ノーベル生理学・医学賞受賞)
目の前に近づいてくるヘビに対して、勇気をもって近づくと決めた時の脳活動を計測した実験もあり、結果は、怖さを感じながらも身体の緊張は低下したといいます。
こういったことは、誰でも大なり小なり体験的に知っているでしょう。苦と楽は別々のものではなく不二であると説かれますが、このことを人間は体験的に感じているといえます。不二とは、紙の裏表のように、二つではないが一つでもなく、互いが密接に関連しあっているということです。

・苦のメリット
このように苦は悪とは限りません。苦の中にあるメリットが楽にはないともいえます。
便利にはないメリットが不便にはあり、富裕にはないメリットが貧乏にはあります。この点からも、世間一般の幸福が欠点のある幸福であることがわかります。

幸福には致命的な欠点がある

・もっと苦が欲しくなる
苦に立ち向かう心がけができると、楽になる→ますます苦に立ち向かいやすくなる→ますます楽になる、といった具合に好循環が生まれやすくなります。
武将の山中幸盛は、「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と言いましたが、苦に立ち向かう喜びがわかれば、もっと苦しみを求める心、もっと難しいことにチャレンジしたい心も出てきます。逆に、この心がけができないと悪循環に陥りやすくなってしまいます。

・楽をしていたことに気づく
徹底して苦に立ち向かうと、日頃いかに楽をしていたかがわかります。また逆に、徹底して楽をすれば、日頃いかに苦に立ち向かっていたかがわかります。

・苦しみに身を沈める
仏教は「苦しみに身を沈める教え」ともいわれるぐらい、苦に立ち向かうことを勧めます。常に張り詰めたピリピリした生活をするのが理想的です。

・人間は楽をしたい
楽をしたいのが人間です。概して、最小の努力で最大の結果を得ようとします。人は1mm足を上げるのも嫌で、1mmでも段差があれば躓きます。
ですので、環境を厳しくするという視点は大切です。現代の日本は楽をしやすい環境ですので、この点、不幸な環境にいるといえます。

・自己を知るための努力
念のため言いますと、苦に立ち向かう目的は、あくまで自己を知るためです。苦に立ちむかう幸せも、無常の幸福の1つにすぎません。
「人生は生涯求道」とか「死ぬまで勉強」と言う人もいます。一見すると格好いい言葉ですが、これは一生涯ずっと苦しまなければならないということです。精神を鍛練するために仏教があるのではありません。ゴールに相当するものがなければ、最後は地獄に堕ちるマラソンをしているような悲惨な人生になってしまいます。求道人生、勉強人生で終わってはならないのです。

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